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横田さんは本心を見つめるというのは「自分を対象化する」と同様なことだと言いました。

俵万智の短歌の一節で例えることができます。

「泣いている/我に驚く/我もいて/恋は静かに/終わろうとする」

この言葉は「良く見つめると自分の中の感情があるかが分かる」と言っています。なので怒っている人になるか、怒りを見ている人になるか、選ぶことができます。そして禅は「怒りとは何か」という質問を投げます。

臨済宗の教えでは「全ての人は素晴らしい自分を持っていて、そのあなたが見ているあなたは常にただしい判断をする」

私にとってはそれは「自分に正直でいる」ということです。例えば夫婦喧嘩で自分は間違っていて、二つ選択肢があります。間違っているということを認めることか、力や巧みな言葉でどうしても勝つか。

でも自分は間違っているという事実は変わらない。無理して「勝つ」ということに意味があるのか。(ただし、アイスクリームの取り合いなら全力で勝つ意味があります!)

ブラジル出身。14歳のとき日本の漫画に感銘を受け漫画家を志す。猛烈に漫画と日本語を勉強し東京造形大学大学院に留学。卒業後5年間IT企業の仕事に励みながら漫画を描く。現在はPresident Next で『マイ禅ダイアリー』を連載するなど、禅に夢中の漫画家として活躍中。

本心を見つめることと自分を対象化することの意味

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